タイマイの歴史

「タイマイ=玳瑁」と一般的に表しているが、従来、正倉院では、
「瑇瑁」の文字が使用されている。
日本で玳瑁の技法が伝えられてた時期は不詳であるが、1990年7月6日発行のアサヒブラフに奈良県桜井市上之宮遺跡の発掘品のなかにべっ甲があったと載っている。

この遺跡は、七世紀後半に飛鳥に宮殿が築かれる以前、磯城盤余(しきいいわれ・・現、桜井市の一部)の宮殿遺構の一つ。更に遺構のなかにあった井戸より、塗銀などの文字が見える木簡や、当時としては、貴重品であったべっ甲も出土している。
そのべっ甲は玳瑁とみられ、細工のあともうかがえる。

察するところ、日本に玳瑁が伝えられた時期も七世紀前半と推測できる。然るに、その玳瑁が中国から直接もたらされたか、朝鮮経由でもたらされたかはわからない。

中国では、前漢時代すでに玳瑁は、装飾品として使用されていたであろうと考えられている。
それは、玳瑁は、どのようなところを生息地としていたのかを記した中国の古書「臧器」に次のように記してある。

嶺南の海畔、山水の間に生まれ、大きさ扇の如し、亀甲に似て中に文あり(原漢文)

また、虚衡志には、次のように記してある。

玳瑁は、海洋の深き処に生ず、かたち、亀鼈の如し、而して殻やや長し、背に甲十二片あり黒白の斑紋あり、まじわりて其幇辺(ふち)かけて鋸歯の如し、足なくして而四ひれあり。前は長く後は短なり。鱗に斑紋あり甲の如し。海人、養うに塩水を似てす。飼うに小魚を似てす。(原漢文)



玳瑁の生息地


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天文地理学者 西川如見

江戸時代の長崎の天文地理学者 西川如見(1648~1724)は、鎮国時代に内外の諸書や出島のオランダ人、唐人屋敷の唐人より伝聞し、海外の事情については強い関心をもち世界の地理、物産について述べているが、その中で玳瑁の産地について次のように記している。

一、亜細亜大洲の内 南天竺の大海にある蘇門塔良と云う嶋国なり (現在のスマトラ)
 日本より海上二千四百里の大熱国なり。この国の冬は日本の五、六月の如し。人物色黒、常にはだかなりと云う。
一、浡泥国  日本より海上三千九百里 大熱国 八季の国 人は賤し 日本ほどの島なり (現在のボルネオ)
咬嗜巴国(現在のジャワ島)
 日本より海上三千四百里 南天竺より遥か南の島国なり
占城国 (現在のベトナムの南地区)
 日本より海上一千七百里
母羅伽国 (現在のマラッカ)
 里程上に同じ
  以上五ケ国いずれも大熱国なり (原漢文)


タイマイの輸出国 (昭和56年 調査書より)

カリブ海産のタイマイ
 キューバ・パナマ・ケイマン諸島・その他16か国

太平洋産のタイマイ
 インドネシア・マレーシア・フィリピン・その他8か国

インド洋産のタイマイ
 ケニア・タンザニア・その他12か国


タイマイ輸入関税実績 (昭和54年)

この年のタイマイの総輸入量 約40,000㎏
太平洋産・・45%、カリブ海産・・39%、インド洋産・・16%

ほぼ、毎年この比率で輸入されていた。


産地別タイマイの特徴

太平洋産、インド洋産
 黒い斑点が多く、一般的なアクセサリーや細工物に使われる。

太平洋産のタイマイ

太平洋産のタイマイ

例)太平洋産のタイマイを使ったブローチ

太平洋産のタイマイを使ったブローチ

カリブ海産
 赤い斑点があらわれており、一般的に良質のタイマイとされる。
 高級品のアクセサリーやメガネのフレームなどに使われる。
 太平洋産やインド洋産のタイマイより、高価で取引されている。

カリブ海産のタイマイ

例)カリブ海産のタイマイを使ったメガネフレーム

カリブ海産のタイマイを使ったメガネフレーム

※現在は、ワシントン条約でタイマイの輸入は禁止されている。

ワシントン条約
1973年にアメリカ合衆国のワシントンD.C.で採択され,1975年に発効した野生動植物保護のための国際条約。正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora; CITESという